かりあの読書レビュー

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言葉の贈り物/若松英輔

 

 

 

 

27歳の時に、自分が発達障害だということが判明した。

思えばコレが長年、自分の挫折人生にかなり拍車をかけていたんだなと、いまになってそう思う。

小学生の時から運動能力が極端になく、集団で何かを行うことが負担で負担でしょうがなかった。ストレスのせいだろう、小学生にして不眠に悩まされ、思い返してみれば明らかに鬱病だったんじゃないかと思う。そうなればストレスで常に体調不良、気分は塞ぎ込みがちで必然的に学校は休んでばかりになり、そのまま劣等感を引きずって進級した中学校では、先生に「社会でやっていけない人間」というレッテルを貼られ、学年100人以上の前で仮病で学校を休んでいる嘘つき呼ばわりをされた。悲しくて中学校はもう小学校以上に行かなくなった。登校拒否だ。

 

勉強こそなんとかかんとかできたものの、とにかく社会というものに溶け込めず、望んだ留学さえも学校の理由や大人の事情で2回とも破綻になった。

 

まあこんな状態と状況の中で生きていくとやっぱりダメになってくる。精神とか生きていくということそのものが。

 

だけど思い返せば、この長い長い長い挫折と苦悩の人生の中をなんとか生き延びるために救ってきたのは言葉だったんだと思う。

 

「辛いね」「大丈夫」「私がおるやん」「一人じゃないんやけんね」

 

たくさんの言葉が私をその都度救済し、深い底の下からすくい上げてくれた。

そしてそんな言葉の中に、本からのものも山ほどあった。本からの言葉にもいつだって救われてきた。本が好きで良かったと今だってそう思うことに度々出くわす。

 

今回この若松英輔『言葉の贈り物』を読んでいてこんなことをしみじみと思い出した。若松氏自身も挫折の多い人だったらしい。彼の言葉の端々からは、苦悩を越えた人の悟りのようなものが感じられる。見習いたいと思った。

苦しい時にこそ本は効く。

それは人は言葉によって形成されたこの社会から傷を受けることが多いかもしれないけど、それと同時に言葉によって救済されることが圧倒的に多いからだ。

また辛いことに出くわして、大切なこの「言葉に救われている」という事実を忘れそうになった時、私はもう一度この本を繙くだろう。

 

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