本のなかを旅する日々〜かりあの読書日記〜

本大好きのその周辺。思ったことや読んだこと。

手紙 / ミハイル・シーシキン

 

 

 

 

素晴らしく面白かった!!大好き大好き!

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あらすじ

 

現代のモスクワを生きるサーシャ。そして1900年の義和団事件鎮圧に参加しているワロージャ。二人の次元を超えた手紙のやり取り。彼らの往復書簡。

 

 

戦地にいるワロージャ

 

この小説というか、往復書簡集ともいうべき作品の主人公はサーシャとワロージャだが、サーシャはあらすじでも書いた通り現代のモスクワを生きている。しかし、戦地の中国にいるワロージャという男性の方は、彼が一体どの時間軸で生きている人なのか、作中ではっきりとされていない。むしろ読者が余計に混乱してしまうように描かれている。というのも、たしかに1900年の義和団事件鎮圧という悲惨な戦地にいるのはわかるのだが、彼が手紙で引用する本やいろいろなものの中には、1900年より後に書かれたものがあったり、明らかに現代のモスクワを知っているかのような手紙もあったりする。かなり謎に包まれた人なのだ。

 

 

哲学小説

 

この作品を読んでいていて一番に感じたのは、これは「哲学小説」だということ。随所にハッとさせられる文章が散りばめられている。

あとがきに、これはサーシャとワロージャの成長ストーリーとも読めるとあるように、彼らが自分の人生の課題に向き合って問題を解決していくその姿勢の中に、読者側も何かを見出す。

例えばこのパート。

猫のボタンを飼い始めたサーシャは発情期のボタンに避妊手術をさせたくなくて一室に閉じ込めたまま夜を過ごす。

 

 毎晩、ボタンが身悶えして呼ぶような声で鳴くのを見ては、眠れない夜を過ごした。ベッドも氷みたいに冷たい。月の光の照らすなか、目を開けたままベッドに横になって、考えたーーこの猫は、きっともっと巨大な全体構造の一部なんだ。みんながそれに関わっているーー月も、春も、潮の満ち引きも、昼も、夜も、冬の象も、この世に生を受けた、あるいはこれから生まれてくる全ての猫も、猫じゃない者も。そうしたら不意に私も猫と同じでその一部なんだって感じた。どういう秩序で成り立っているのかわからない、触れ合うことを求めるこの構造の。そしてふと、私も無性に叫びたくなった。遥かなる時のなか、私とボタンみたいな生き物はいったいどれだけ存在しただろう。月光の下、毛が生えていたりいなかったり、鱗があったりなかったりする生き物たちが、夜ごと眠れず悶々と、考えることはひとつだけーー誰かに優しく撫でて欲しい。

 

 

感想

 

とっても大好きな作品だった。読んでる途中、そして読み終わってから、何度この本を抱きしめたくなったことか…!それくらい素晴らしい小説だった。

この作品は成長ストーリーだとあとがきにもあると書いたが、私も読んでいる中でひしひしとそれを感じた。自分なりに読んでいて感じていたのは、まずサーシャは「孤独」の中に身を置くことで学ぶこと。そして戦場にいるワロージャは「当たり前の幸せ」に気づくこと。

特にワロージャは戦地にいるので悲惨な日常のなか、多くの哲学を築いていく。その言葉の一つ一つが重い。私は読んでいてワロージャが大好きになった。彼が気づく当たり前の幸せ。その描き方の繊細さ。ずっと読んでいたいぐらいだった。ワロージャの問題もサーシャの問題も、現代に生きる私たちの身近に横たわっていて、いつも口を開けて私たちを飲み込もうと待ち伏せているものだから。だからきっとこの小説に胸を打たれるものがたくさんあるのだろう。自分が「孤独感」や「生きること」そのものの問題に押しつぶされそうになったとき、何度もこの本を開くだろうと思う。

 

 

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